放送礼拝 大野先生

雅歌 2章11節~12節
ごらん、冬は去り、雨の季節は終った。
花は地に咲きいで、小鳥の歌うときが来た。この里にも山鳩の声が聞こえる。

おはようございます。
アドベントを迎えて最初の月曜日です。
この時期に礼拝を担当する幸いをいただいて今年で4回目となりました。
これまで私はコンピュータにかかわるお話をしてきました。
天才スティーブジョブズとアランチューリング、そして近未来に起こるといわれているシンギュラリティ。シンギュラリティは今年になってずっと現実に近づいてきたと思える世の中になってきたと感じています。これからの10年でIoTとAIの結びつきでできることが次々と実用化されていくでしょう。

今回も引き続き新しいアーキテクチャのコンピュータについてお話しするつもりでした。しかし、最近「本を読む」ということについての記事を目にする機会があり、これに深く共感して、ぜひともみなさんにもお伝えしたいと思いました。本を読む、読まなければならない、それも今、ということです。

まず、私自身と本との関係について少しお話しします。
私は本が好きです。物心ついたときから本とともにいました。家には床から天井まで届く大きな古い本棚や父が手作りした本棚などもあって、中には本がぎっしり詰まっていました。国内や海外の文学全集や単行本などをはじめ、何かの研究書や「人形の作り方」などと言う本もあって、すぐ手の届くところにあるそれらが大好きでした。中には見るからに怪しげな古い本もあり、おそるおそる開いてみると、戦前の検閲なのでしょうか、×で消された文字列や(10行抹消)などと書かれているページが現われて息が止まったことを、古い紙のにおいとともに思い出します。

それほど本が好きになったのは、両親の影響があるのでしょう。
子供だった私に両親は本を与え、漢字を教え、たとえば食事のときや掃除をしているときのような日常の何気ない一瞬に詩や物語の一節を語りかけてくることがよくありました。

からまつの林を過ぎて、
からまつをしみじみと見き。
からまつはさびしかりけり。
たびゆくはさびしかりけり。

このように、耳にするそのほとんどは文語体で、子供にとっては意味もわからなかったし、それが素晴らしい作品なのかもわかりませんでした。ただ言葉自体は美しい流れの響きとして受け入れられました。この響きに囲まれていたくて、もっと知りたくて、本を手に取る。私が本を好きなのはこうした日本語の表現の多様さ、あるいは言葉の響きの多様さを追いもとめるところが多分にあったと思います。

さて、どうして本を読まなければならないのでしょうか。
なぜなら本を読むことはさまざまな表現・言葉と出会うことであり、「言葉がなければ考えることができない」からです。共感した記事の言葉を借りれば「言葉は思考そのもの」なのです。

少し話が飛びますが、みなさんは「ソーシャルエンジニアリング」「ステルスマーケティング」「SEO」といった言葉を知っていますか。これはネットワーク利用に関係する言葉で、パスワードの不正入手や、記事なのか宣伝なのかわからない宣伝、より多くの検索対象とする技法、といったことです。これらの言葉を知らなければ、より深い意味でネットワーク利用には注意が必要であり、そのためにはどうしたらいいのかといった考えは起こってきません。

私たちは物を考えるときには日本語という言葉を使っています。ですから私たちが物を考えるのに必要不可欠な言葉を十分に知らなければ、その先を考えることができずに、その時点で思考はとまります。考え自体が貧しくなってしまう、ということです。だから言葉を増やさないと考えも深まらなければ広がりもしません。言葉をたくさん知っていて、それを自由に使いこなせることが豊かな思考をはぐくむことにつながります。本を読むことはまさにこのことを具現化できるのです。もちろん、自分ではできない体験を本で体験できる、ということも大きな要素で、想像や感情の世界が広がりますね。

今は他にしたいことがあるから、後でいいや、と思っていませんか。
それではだめです。なぜなら、「本には読むべき時期がある」からです。

実際、子供のころに本を読んでいないと、大人になってからも本を読むことができず、長い文章を読めなくなってしまう、という報告がされていますが、それはさておいて、中高生時代に読んでおかないと一生読めなくなってしまう、といった種類の本があるのです。大人になってからでは遅い、今ならこの登場人物たちと同じ目線で物事を考えられる、今でなければこの登場人物たちの心の動きがわからなくなってしまう、といったものが。「ぐりとぐら」は大変にすばらしい絵本ですが、それを味わえるのは子供だけでしょう?「赤毛のアン」だって「アンネの日記」だって、同世代の今だからより感情移入できると思いませんか。そして今ここで心を動かされる体験をしたことは、大人になってからも間違いなくみなさんの心の中に残って大きな糧となってくれます。そしてみなさんはその糧をきっと次の世代に伝えていくでしょう。今思えば、私の両親が語りかけてきたのも、そんな思いがあったのかもしれません。英和の図書室には今読むべき本がたくさん揃っています。どうぞたくさんの本と出合ってください。

今読んで、ぜひみなさんの心に残していただきたい本があります。
それは「日本国憲法 前文」です。たった643文字の中に、日本国憲法全体の考え方を示す根本的な考え方が書かれていて、二度と戦争の過ちを繰り返さない、という固い決意を読み取ることができます。私は山梨英和で過ごした高校時代の政経の授業でこれを暗記する、という課題を出されました。苦労して覚えたのですが、卒業後もさまざまな場面でその一文を思い出し、現在も自分の行動を決める指針となっています。

そしてあらためて、聖書を読んでほしいと思うのです。
職員礼拝では聖書の通読を続けています。一切飛ばさずに読み続けていると、さまざまな発見があります。現在は「雅歌」を読んでいますが、美しい物語の中におもわず心を引かれる言葉をいくつも見つけます。今日お読みしたのは「雅歌」の中で最も心惹かれる言葉です。みなさんも毎日礼拝を守り、聖書を読み続けています。先生方やクラスメートが選ぶ聖書の言葉はみなそれぞれが大切にしている神様の言葉です。ですからその日の礼拝で聞いた聖句の周辺を読むことからはじめてみませんか。きっと発見があり、御言葉が「すとん」と自分の中に取り込まれていく、そういった瞬間があるはずです。御言葉をもっともっと自分の中に取り込んでください。今、この山梨英和でしかできないこと、友とともに聖書を学び、神様の言葉を自分の生きるよりどころにできるという喜びを受け入れてほしいと願っています。

お祈りします。
神様、今朝も姉妹たちとともに礼拝から一日を始められることに感謝します。
寒い季節となりました。明日からは定期試験も始まります。どうぞ一人一人の健康をお守りください。主の御名によって祈ります。アーメン。