放送礼拝 石原先生

聖書 ヨハネによる福音書 8章31節~32節

 イエスは、ご自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」

 私のこの時期の楽しみは「FNS歌謡祭」です。今年は、吉川晃司と世良公則のコラボにはいたく感激いたしました。最近はこの「FNS歌謡祭」に“数字系のアイドルグループ”が多く登場しており、そのたびにチャンネルを変えてしまう訳なのですが、NMB48の「ワロタピープル」に出足から強いインパクトを受け最後まで聞き入ってしまいました。というよりは、画面の歌詞テロップに見入ってしまいました。こんな歌詞です。

何かをやれば叩かれる
反論すれば大炎上
揚げ足取られた拡散中
とかくこの世は住みにくい

フェイクなニュースを真に受けて
犯人探しか魔女狩り
噂がホントでも偽りでも
この際どうでもいいんじゃねえか
大切なことは目立たない心がけ
目の前の問題知らない見てない
存在消して責任転嫁
波風立てなきゃHAPPY

この歌詞の中の「とかくこの世は住みにくい」? どこかで聞いたことがありませんか。そうです。夏目漱石の『草枕』です。 『草枕』はこうです。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。
 とかくに人の世を住みにくい

夏目漱石については後で触れることとして、
皆さんは、今の社会が「生きにくい社会」だと感じることはありますか?この「ワロタピーポー」はいわゆる今の「不寛容社会」のことを表現しているのだと思います。
 2年前にこんな騒動がありました。大分市の動物園に誕生した赤ちゃんザルに「シャーロット」と名付けました。これは公募の結果、最多であったため決まったそうです。すると、「イギリス王室に失礼だ」など批判的な意見が多く寄せられました。あくまでネット上での批判ですが。イギリス王室のウイリアム王子とキャサリン妃との間に生まれた王女が「シャーロット」であり、サルの名前をイギリスのロイヤルベイビーにあやかるとは「けしからん」ということなのでしょう。これを受けて、動物園側は「命名取り消し」を検討していたところ、イギリス王室が「どんな名前をつけるかは動物園の自由」という冷静沈着なコメントを出したため、この騒動は収束しました。
 
 この問題で浮き彫りなったのは、サルの名前一つでネットが大騒ぎになり、それに個人や社会が右往左往している様です。これはもちろんSNSの普及によって顕在化していることは確かですが、夏目漱石の『草枕』に、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世を住みにくい」とありますので、「不寛容社会」とは、とりわけ、今だけのことではなさそうです。
 周りが自分と同じ価値観を持っているとは限りません。いつの時代でも、誰でも何某かの生きづらさを感じ、そして社会と折り合いを付けながら生きているのだと思います。

 実は夏目漱石も留学中のロンドンで「不寛容社会」を体験し、心を病んで引きこもるという経験をしています。夏目漱石がまだ小説家になる前、英語の教師をしている時に、政府からイギリス留学を命じられました。確かに、100年前の当時、西洋社会の中で日本人が、かなりの「生きづらさ」を感じたというのは容易に想像できます。しかし、漱石は「不寛容さ」は自分自身の側にもあったとも、後に回想しています。
 ロンドンでの漱石は、イギリス人と比べて背が低いことを極端に卑下したり、日本、日本人のことを理解しようとしないイギリスに敵愾心を抱いたり、自分の生き方を見失い、結果、下宿に引きこもってしまったのです。
 漱石はロンドンの下宿先に引きこもっていたなかで、自分は一体何者であり、なりたい自分、こうありたい自分にぶち当たるまで奥深くまで掘り進んだといいます。それを掘り当てた漱石は、「それまでの憂鬱な気持ちで眺めていたロンドンが、全く違う景色に見えた」と言っています。帰国した漱石は、皆さんの知っている『我輩は猫である』を執筆し、小説家としての道を歩き始めます。あの切れ味のある文章表現、ストーリー展開は、ロンドンでの体験を乗り越え、自分らしさを取り戻した結果であり、そういう背景を知って夏目文学を読むと、また、一味違う面白さがあると思います。

 確かに今はちょっとした過ちも許されない緊張感の高い社会となっており、個人が何気なく発した一言により、ある日突然一斉にバッシングを受け、また、逆にそれを恐れるがあまり、言動や行動が萎縮してしまっているという空気が身近な社会にも充満しています。
 こういう時代にどう生きるのか、それは、漱石がそうしたように、じっくり自分自身と向き合うこと、そして、確かな道標を備えること、ではないでしようか。私たちには聖書があります。聖書には自分を自由にしてくれるメッセージにあふれています。今日も聖書とともに。