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2019.6.26 / 学校生活 /

放送礼拝 黒田先生

ペトロの手紙一4章8~10節

皆さんは、「賜物」と聞くと自分の賜物は何だと思いますか?「賜物」と言えば、普通自分の得意なことを思い浮かべるかもしれません。勉強が得意、スポーツが得意、音楽や美術のような芸術が得意というようにです。ディズニーの「MR.インクレディブル」のように、お父さんは怪力・お母さんは柔軟・お姉ちゃんは透明人間・弟は快速・赤ちゃんは未知数というように特殊能力なんかがあれば、分かりやすくて・格好良いですよね。今日はこの「賜物」について少し考えてみたいと思います。

聖書では、イエスが天に昇ってこの世を去った後、イエスの弟子たちが神の御言葉を人々に伝えていくことになります。そのことが記されているのが、4福音書の後に続く『使徒言行録』です。もともと神の救いはユダヤ人だけにもたらされる・ユダヤ人だけが神に救われるとされていたのですが、使徒言行録10章にあるように、イエスの十字架によってユダヤ人以外の外国人にも救いがもたらされることが明らかにされました。そして、ガラテヤ2章に記されているように、神の救いはペトロやヨハネといった弟子によってユダヤ人に伝えられ、パウロなどによって外国人に伝えられていきます。しかし、これが良く考えてみると、大変不思議なわけです。

 

 ペトロやヨハネという弟子はもともと漁師であって学なんぞはありません。

教育をまともに受けていたとは考えにくいわけです。その彼らが、神の教えを小さいころから良く学び、その内容を頭では完璧に理解しているユダヤ人に神の御言葉を伝えています。つまり、学がない人々が学のある人々に神の救いを伝えているのです。

 

 一方でパウロという人は一流の学者から、厳しい教育を叩き込まれたエリート中のエリートです。しかも、もとはユダヤ人と同じように頭でっかちで、行いによって救われようとしていた人です。そんなパウロが、ユダヤ人と比較した時に学があるとはあまり思えない外国人に神の救いを伝えています。つまり、学がある人が学がない人に神の御言葉を伝えているのです。普通に考えたら、逆だと思いませんか。ペトロやヨハネが外国人に、パウロがユダヤ人に御言葉を伝えるべきでしょう。と誰しも考えるに違いありません。

 

 しかし、この事柄にこそ神の愛の深さが現れているように私は思います。イエスはこの世におられた時に、弟子たちが誰が一番偉いかで競った時、何よりも「自分をひくくすること」・「謙遜であること」・「人に仕えることの大切さ」を教えられました。私たちは何か自分に得意なことがあるとついつい得意げになって、他人の状況は顧みないで多くを要求し、上から目線で他人を裁いてしまう・見下してしまうということが多々あります。

でも、今日の聖書箇所は、それは完全な間違いだとはっきり示しています。私たちの賜物はただ神の恵みによって与えられていると語るわけです。恵みとは、「本来それを受け取るに値しない弱い私たちに、ただ一方的な神の愛の故に与えられているもの」を指します。そのことを考える時に、私たちは与えられている賜物を、愛を持って自分や他者のために使っていく必要があります。なぜなら、神がまず私たちに愛をもって賜物を下さったのですから。ペトロやヨハネ・パウロは専門外で、不得意である人々に神の御言葉を伝える際、当然多くの苦労をしたと思います。しかし、神の恵みによって彼らの必要は満たされました。また、ペテロやヨハネはかつて、イエスが捕らえられた時にイエスを見捨て、イエスとの関係性を否定しました。パウロもかつては、イエスを否定し、イエスを信じる者を牢屋にぶち込み、時に死にまで追い込みました。そのような汚点があり、欠けのある人たちが、神のただ恵みの故に用いられたのです。実に神の計画はユニークだと思いませんか。

こういったことを含めると、「賜物」とは当然自分が得意なこととも言えるのですが、逆に私たちの弱さや欠けさえも用いられ得るのです。それは、私たちが神の恵みを覚えて、自分自身のどうしようも無さに向き合う時にです。数値価できるような結果・成果につながるものだけが「賜物」と考えるならば、それは私たち人間のものさしでしかないのかも知れません。しかし、私たちが愛に根差して自分に与えられているものを精一杯自分や他者のために使う時に、神の物差しでは、それは本当に大きな意味を持ち、豊かさを生み出すと今日の聖書箇所は教えてくれています。皆さんには、多くの将来と希望があります。聖書がそれを約束しています。ですから、自分の得意なこと・弱い所全て含めて精一杯皆さんに与えられている賜物を、この中学・高校時代に使って欲しいと願っています。神の恵みを覚える時に、それは必ず豊かに用いられ・増やされていくはずです。

大丈夫です。絶対に見捨てず、共にいてくださる神が、皆さんを成長させて下さいますから。

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