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2017.4.24 / 学校生活 /

放送礼拝 マンドリン部

放送礼拝 ヘブライ人への手紙 12章10-13節 私がマンドリン部に入部してから5年が過ぎました。部長として,最高学年として,部活を引っ張ってきてもうすぐ1年が経ち,引退する時期が迫ってきています。 中1で初めてマンドリンに触り,音を出した時には先輩のような綺麗な音ではなく,音が割れて,汚い音色になってしまった事を覚えています。いつの日か自分も,先輩のように演奏できる姿をその当時は,想像できませんでした。マンドリンは,個人個人で技術の差が出ます。最初は何度練習したって演奏できず,苛立ったり,先輩,同級生,後輩と自分を比べて焦りや,不安を感じていました。弾けるという感覚を持てるまでには,部活に行くのも嫌で,辞めようとも思いました。それからある程度マンドリンを弾けるという感覚を持てた時期は中3の終わりでした。 そして高校に入学すると,中学生だった頃の生活と大きく変化しました。特にその変化を強く感じたのは高校2年生の時です。部活での部長としての悩み,その他にも普段の学校生活において,勉強や研究,人間関係などの悩みが一気にきました。その高校2年生の1年間は,自分を客観的にも主観的にも見つめ直した時間でした。部活においては,部長として,最高学年として部活を引っ張っていかなければなりません。私は人の前に立って,みんなをまとめるという役目をずっと避けてきました。自分の中でそういう事はできないと思っていたし,また周囲の人もそう思っているだろうと思うからです。でも,マンドリン部では,今まで頑張って続けてきた部活を自分が部長としてまとめてみたいと思い,部長になりました。後輩をどうしたらまとめられるのか,自分は何をすべきなのかを考えました。でも,考えれば考えるほど分からなくなりました。 部活内でも同級生との間で,よりよい部活にしようと思えば思うほど,意見が食い違う事もありました。やっぱり自分は向いていないんじゃないか,もしかしたら私は無責任に部長をやりたいと言ったんじゃないかと,自分を疑い,どんどん自信を失くし,部員に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。そんな時期に,学校生活においての悩みも重なり,どうしたらいいのか分かりませんでした。家で勉強していても,学校で勉強していても,集中しているようでしていなくて,人が私にかける言葉1つ1つになぜか敏感になってしまい,誰とも話したくないと思う時もありました。そのため家に帰って親に話しかけられても,無視をしてしまう時期もありました。すぐ弱音を吐く自分が嫌で,このままではダメだと分かっているのに全然行動が伴わず,その時の私はただただ家で泣く事しかできませんでした。理想とする自分と,現実の自分との違い,客観的に見る自分と,主観的に見る自分の違い,言っている事と,やっている事の違いに悩みました。その悩みを抱えたまま,時間だけが過ぎていきました。 けれども,今その時間を経て,わかった事は,全て自分である事には変わりないのだから,今の自分を受け入れて,自分の弱さも強さも認める事でした。自分を過大評価せず,その日その日が自分の頂点であり,その頂点の高さを他の人と比べて一喜一憂しても仕方がないと思えるようになりました。こういう考え方に変われたのは,やはり私にはその悩む時間というのが必要だったと思います。また,これからも悩む事はもっとあると思います。その度にすぐ解決しようと焦るのではなく,とことん悩む事が自分にとって解決策に繋がるのだと思いました。 そして引退する時期を前にして,今思うのは,私が部長になったのではなく,周囲の仲間達が私を部長にしてくれたのだという事です。厳しい言葉を言ってもついてきてくれて,支えてくれた部活の後輩や,意見がぶつかる時もあったけれど,結局マンドリン部が大好きなのは一緒で,よい演奏にしたいと思うのも一緒で,部活について共に考えてくれた同級生がいたから,今までやってこられました。本当に感謝しています。残りの3ヶ月間悔いの残らないよう部活をしたいと思います。 お祈りします。 神様,今日も新しい朝を迎えられた事に感謝します。今悩みを抱えている1人1人にあなたからのお恵みがありますように。今日1日の歩みをお見守りください。 このお祈りを尊き主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げします。アーメン。
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