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2019.2.06 / 学校生活 /

放送礼拝 ダンス同好会

 

ペトロの手紙I 4:10

 

今日はダンス同好会と私の人生の結びつきについてお話ししたいと思います。山梨英和中学校に入学し神様に出会う前の幼かった私は、自分自身がコンプレックスでした。なぜそんなふうに思っていたのかというと、なにか特別秀でたものがなく、何をとっても普通でしかなかったからです。何かにつけ私の兄や、周りにいる友人と自分を比べ、劣等感に襲われていました。何も勝ることのできない自分はダメな人間なのだと思っていました。その頃の私は、本当に自分に自信がなかったのだと振り返ってみて思います。そのため、小学校時代は人との関わりを避けていました。無意識のうちに自分と誰かを比べ、暗い感情に包まれるのが辛かったのかもしれません。一時は、家族と話すことですら拒んでしまった時期もありました。

そんな自分を変えるために私は山梨英和中学校に入学しました。今日の聖書の箇所に初めて出会った時に感じたのは、感動ではなく衝撃でした。「あなた方はそれぞれ賜物を授かっているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、お互いのために役立てなさい。」特別何かができるわけではない私には、そもそも賜物がない。だから、活かすこともできないのだと意気消沈してしまいました。賜物を持っていない私は一体何をするために、今ここにいるのかわからなくなってしまったのです。周りの友達が自分の特技で色々な賞を受賞している姿を見て、祝福の気持ちと同時に、空虚な気持ちになることもありました。私にないものを友達はたくさん持っていたのです。でも、それは当たり前のことだったのです。私はこれまで、自分の強みとなるものを伸ばそうと努力したことなど一度たりともありませんでした。習い事も全て中途半端で、待ってさえいれば向こうから必然的にやってくると、恥ずかしながら本当にそのように思っていました。いつも自分の弱い部分から目を逸らし逃げていました。あの時の私はまだ幼く無知で、逃げている事にすら気づいていませんでした。努力しない者の所、欲しいと願うものは来ないのだと今は考えることができます。

しかし、そんな私のもとに神様から大きなチャンスが与えられました。それは、ダンス同好会の会長を任されたことでした。会長としてめまぐるしい日々を送る中で、私は自分の賜物を見つけることができたのです。賜物がなかったのではなく、ずっと私が気づけなかっただけでした。ダンスというのは技術も大切ですが、何より大切なのは個性だと私は思います。私はダンス同好会の会員の個性を全て引き出したいと考えました。まず、個性を引き出すにはそれらを発揮しやすい部活でなければならないと考えました。そのため、積極的にコミュニケーションを取り、会員一人一人と向き合って話すことで、それぞれが自分を表現しやすい環境を作りました。そして、会員のダンスを見て、良いところは言葉にして伝えるようにしました。言葉にして伝えることで、相手は自分自身の魅力に気づき、それを伸ばすことができます。その結果、私達は今年度に出場したダンス大会全てで優勝することができました。

 

私の賜物は、「他者の個性を引き出す力」だと思います。ダンス同好会のみんなは唯一無二の存在で、神様にとって、そして私にとってもとても尊い存在です。私を認めてくれた、必要としてくれたダンス同好会には感謝しかありません。何もなかった私に様々なものを与えてくれました。何よりあんなに嫌いだった自分を受け入れることができました。賜物を神様から頂き、それに気付いたからには管理するだけではなく、活かすことが私の役目です。活かすことが神様への恩返しだと信じています。ダンス同好会で活かすのはもちろん、クラスでの活動や、私がこれから歩んでいく人生でも活かしていきたいです。私はダンス同好会の会長を経験し気づけた賜物を無駄にしないために、残り少なくなったダンス同好会での活動、そしてこれからの人生を価値あるものにしたいです。

 

お祈りします。神さま新しい朝をありがとうございます。みなと礼拝から1日を始められたことに感謝します。私に賜物を授けてくださり、そしてその賜物に気づけるような居場所を与えてくださり本当にありがどうございます。今日この礼拝を聞いている人の中にも自分に自信がない人がいると思います。どうかその人の上に神様の深い愛と恵がありますように。皆が今日1日神様の言葉に想いを馳せ活動することができますように。この祈りを尊き主イエスキリストの御名によって、御前に御捧げします。アーメン。

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