放送礼拝 バドミントン部
ルカによる福音書8章4~8節、15節
2020は東京オリンピックの年ということもあり、バドミントンも大きな盛り上がりを見せています。今年、どんな戦いが待っているのかと思うだけでワクワクした気持ちになります。
今日は、私にとってバドミントンとはどのようなものなのかを聖書と照らし合わせてお話ししたいと思います。私がバドミントンに出会ったのは小学校1年生の時でした。小さい頃から体を動かすことが大好きだった私は、幼稚園の友達が誘ってくれたことがきっかけでバドミントンのクラブチームに入りました。そんな些細なことが今の私に大きな影響を与えるとはこの時思ってもいませんでした。最初は週に一度の練習でしたが、高学年になると試合に出させてもらう機会が増え、初めて勝負の楽しさや悔しさを学びました。
6年生の時、私は東京都で行われた関東大会に出場しました。この大会の前日に行われた陸上記録会で私は怪我をしてしまったため、試合ではいい結果が残せず悔しさが込み上げてくるだけでした。そんな中、私は山梨英和中学校に神さまから導かれ、入学しました。バドミントン部に入るかどうかものすごく悩みましたが、小学校で思い通りの結果が出せず悔しい気持ちがあった私は先生の後押しもあり、大好きなバドミントンに全力で取り組み、納得のいくまで頑張ろうと決意しました。
バドミントン部に入部してから今までたくさんのことを経験しました。勝てた時は今までの練習が意味あるものだったと実感し、嬉しい気持ちが大きくなる反面、負けてしまい、思うようなプレーができなかった時は辛い思いをするなら辞めたいな、と思ってしまう時もありました。
そんな私がバドミントンを続けられているのは何より、バドミントンが私にとって生きがいのようなものであり、大好きなスポーツだからです。私たちバドミントン部が大切にしていることは日常生活で自分自身と向き合うことです。バドミントンはその人の心情や心の変化でプレーが変わるスポーツです。だからこそ毎日の礼拝や挨拶、掃除、授業の一つ一つを大切にし、どこかに繋がっていることを忘れず毎日を過ごすことを目標に取り組んでいます。
桃田選手が言っていた1試合1試合の積み重ねという言葉を私たちは心に留めています。しかし、実際に部活動を通して部員全員が先ほど述べたことを完璧に行うことはできていません。そんな私たちにはこの聖書箇所が与えられました。バドミントンを通して自分を見つめ直す機会がある今、一つ一つの練習に心を込め、聖書に耳を傾けて歩むことについて学びました。小さなことであっても素直に聞く心を持ち、刻んでいくことで大きなものになることを信じこれからも部全体の技術向上を目指していきます。
今日の聖書の箇所をみてください。この箇所はイエス様の言葉が種に、聞く人の態度や心が場所に例えられています。私は友人の何気ない一言を小さな種に例えて考えました。8節の良い土地についての説明が15節に書かれています。
恵まれた環境に感謝することや素直な心を持つことで聖書にあるような実を結ぶことができるのだと思います。その実はこれからも役に立つ大きな経験として蓄えられていきます。どんな小さな種であっても良い土地に落ちれば大きく育ち、実を結ぶというように、イエス様の言葉を信じ、努力をしたいと改めて感じることができました。
私には熱心に指導してくださる先生方、尊敬できる先輩方、一緒に頑張ろうと思える同級生、どんな時でもついてこようと努力してくれる後輩、試合の応援に来てくれる家族がいます。バドミントンを通して出会えたたくさんの人がいることが私にとっての宝物です。残りすくない部活の中でまだ目標達成できていないことを実現するため、部員一同悔いのないよう練習に取り組み、目標を達成した喜びを分かち合いたいです。
最後にもう一度 15節を読みます。「良い土地に落ちたのは、立派な善い心で御言葉を聞き、よく守り、忍耐して実を結ぶ人たちである。」





