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2019.5.20 / 学校生活 /

美術部 放送礼拝

創世記131節 美術部

 私は口下手で相手に自分の思った事を伝えるのが得意ではありません。それで綺麗な夕日を見た感動や、物事が上手くいかなくて生まれた不満などの気持ちを相手に伝えようとしても伝わらないことがほとんどでした。そこで伝わらない気持ちを美術部で作品という形で発散していました。そうして活動していくうちに描くのが楽しかっただけの絵が自分の気持ちや考えをより分かりやすく伝える力があるのではないかという事に気付きました。

 例えば私は人間の手が好きでよくモチーフに取り入れますが、まず人間の手が好きだと友人に伝えても不思議な顔をされるだけで分かっては貰えないでしょう。そこでまず手をよく観察して自分が手のどんな所が好きなのかを探します。そしてどの様に描けばその好きなところを一目でわかる様になるかを考えながら作品を作っていきます。そうして作品にする事で、ただ直接言葉で伝えるより自分が手のどこが好きでどういう所を綺麗だと思うのかが分かりやすく、また相手も抵抗無く理解出来ます。

 あくまでこれは私がよく取る製作法の一例です。上手くいったりいかなかったりもしますが、上手くいくととても楽しいです。5年以上の活動期間の中で作品を作って来て、美術作品を作るという事はふとした瞬間に気づいた、この世界にある美しさを他の人がわかりやすい様にして教える事だと思っています。

 今日の聖書の箇所にこうあります。「神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ、それは極めて良かった。」神様は私たちに造り上げたこの世界を「見よ」と、見なさいと促しておられます。私は神様が極めていいと太鼓判を押した、この世界を作品にする事で世界の美しさをより多くの人と共有出来たらいいと思います。

 また美術作品を観るという事は神様が作ったこの世界の素晴らしさに気づく事が出来るチャンスなのだとも思います。普段皆さんによく知られている美術作品には世界中の人々が気づいたこの世界の美しさが詰まっているのです。 もし美術館に行かなくても、美術作品が本に載っていたり、テレビで流れたりしたて、気に入った作品があったのなら是非気に入った理由を考えてみてください。もしかしたら作者が気づいた世界に隠れている素晴らしさを貴方も気づけるかもしれません。

 

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