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2019.5.28 / 学校生活 /

放送礼拝 久木元先生

聖書の箇所:ヨハネによる福音書15章5節

 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。

 

 昨日は130年目の創立記念日、花の日でしたが、初めて花の日を体験した中1の皆さん、そして、高校から英和に入った高入生のみなさんは、よい交流を持つことができたでしょうか。そして、英和で体験する最後の花の日となった高3のみなさんは、どのような思いで花の日を過ごしたでしょうか。高3のみなさんは、来年は、ここではない場所で5月27日を迎えることと思いますが、どうか、弱い者・小さい者の立場で社会を見ることを忘れないでほしいと願います。

 さて、130年前の5月に、山梨英和の初代校長を務めたウイントミュート先生が甲府にやってきたわけですが、はたして、ウイントミュート先生は、どのような思いで山梨英和を建てられたのでしょうか。1889年11月に行われた山梨英和の開校式で、ウイントミュート先生は、自分が山梨英和に来た目的を次のように話しています。

「私どもが学校に参りましたただ一つの目的は、キリスト教を教えることだとお考えの方もございましょう。私はもっともっと広い目的があることをお話したいのです。(略)ただ皆様を善くしたい、どうにかしてお助けしたい、皆様の朋友になるために参ったのであります。できますことなら、皆様の令嬢を高尚に、清く幸いなるご婦人とするためでございます。健康に善きこと、家庭において善き生涯の務めを果たすために必要な知識、それを教えるのが私どもの願いでございます。生徒に、正しいことをなし、悪しきことを退けるために助けとなるべきもの、生徒の品格を一層美しくし、一生涯喜びに満ちて、大胆に、悲しみや困難に耐えることなどを私どもが知っておりますならば、それを与えるのが私どもの目的でございます。」(簡単に言えば、生徒たちをキリストの下に導き、キリストの精神をもって生徒たちがそれぞれの家庭を清く、美しく幸福に作り変えるとともに、社会に対しては、奉仕することの尊さと、そのための能力を身につけさせること、となるでしょうか。)

 ここには、教育の原点とでもいうべき姿があると思うのです。教育とは、生徒が先生に「こういうことを教えてほしい」と要求して、先生がそのニーズに応えるという形で成立するのではありません。「教えたいこと」があるという人がまず始めにいて、その後からそれを「学びたい」という人が集まり、そこに教育が成立するのです。ウイントミュート先生は「こういうことを教えたい」という旗を掲げた。こういう教育がこれからの山梨には必要なのだと説いた。その熱い言葉に反応して、「学びたい」という人が出現してきた。山梨英和の出発点は、そのようにして始まったと思うのです。今、ウイントミュート先生の思いを書き記しながら、私も強い信念を持って教育に携わらねばならないと実感させられます。

 ところで、そのようにして創立された山梨英和ですが、周囲からはどのように見られていたのでしょうか。残念ながら、恐らく、「毛色の変わった学校」という認識だったようです。明治政府によってキリスト教禁令が解かれたのが1873年、山梨英和創立の16年前だったことを考えると、やはり、当時の人々は、キリスト教教育を行う学校を異端視していたのでしょう。実際、文部省は、1899年に文部省訓令第12号を発布し、文部省が公認する私立学校においては、宗教教育を禁止するという通達を行っています。これにより、キリスト教学校は、大学などの高等教育機関への進学の道を確保するために宗教教育を断念するか、宗教教育を守って高等教育学校への進学を断念するかの選択に迫られます。山梨英和は後者の道を選び、文部省の公認を受けない各種学校という扱いに甘んじました。山梨英和は、キリスト教の教育を最優先し、「毛色の変わった学校」であり続けようとしたのです。

 でもこのことによって、救われた思いを持った生徒たちもいたのではないかと想像します。当時、文部省の公認する学校では、「教育勅語」による、画一的な教育が行われていました。そこでは、神様によって作られた人間は平等であり、多様性を尊重すべきであるとか、女性も男性と同じように社会に進出して、女性にしかできない大切な役割を果たすべきだという考えは黙殺されていました。日本の社会がこのような息苦しい状態にあった中で、山梨英和では、キリスト教の教えに基づいた、個性を尊重する教育を行っていた。当時の日本の学校が、画一的・閉鎖的な教育しか行えない中で、山梨英和は数少ない自由な空間、自由な世界へと通じる場所であったと思うのです。そして、その特徴は、今でも受け継がれています。現在の日本社会が、極端な差別主義、排外主義に向かっている中で、山梨英和の自由な空気というものは、本当に貴重なものです。山梨英和のキリスト教教育を、これからも守り続けていかねばならないと強く思わされます。

 カナダの婦人宣教協会、そして、山梨の若きキリスト者たちによって130年前に蒔かれた山梨英和という葡萄の種は大きく成長し、豊かな果実を実らせ続けています。いまここで学んでいる生徒の皆さんも、ここで働く教職員一同も、その樹に連なる葡萄の実です。私たちは、山梨英和という葡萄の樹から、多くの大切なものを受け取りました。今度はそれを、後世に伝えていく務めがあります。私は山梨英和の150周年を見届けられるかどうか自信はありませんが、20年後の生徒の皆さんは30代の半ばになっています。みなさんが自分の賜物を生かして、社会の中でそれぞれの活躍をなさることを願い、そして山梨英和で学んだことを大切に守り、伝えていってほしいと思います。

 

お祈り:在天の父なる神様、今朝も新しい命を与えられて、愛する姉妹たちと一緒に礼拝を守れることを感謝いたします。山梨英和の130年の歩み、そして、山梨英和に携わってきた人々を守り導いてくださったことを感謝いたします。これからの山梨英和の進む道に、そして、この学校に携わるすべての人々の上に、あなたの豊かな祝福がありますように。主のみ名によって祈ります、アーメン。

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