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2019.9.20 / 学校生活 /

放送礼拝 茶道同好会

2019911() ローマの信徒への手紙1210~13

 2013年、オリンピック招致のプレゼンテーションで、滝川クリステルさんが言った『お・も・て・な・し』という言葉が注目を浴び、その年の流行語大賞を獲得しました。人をもてなすということは古くから日本に根ざしており、今もその精神が受け継がれています。

 特に茶道でも、その精神を大切にしています。茶道を確立した千利休は、「茶に身分は関係ない」という意味を持つ「貴賤平等」という言葉を残し、利休はおもてなしの精神を大切にしました。この極めて日本的だと思われる精神ですが私は、先程読んだ聖書の箇所から同じようなことを感じました。

 利休がこの言葉を唱えたとき、時代は豊臣秀吉の天下であり身分制度を確立しようとしていました。そして、それに反抗するかのごとくその考え方を茶の世界に広めていきました。織田信長の時代、キリスト教がもたらされ一気に聖書の教えは広まって行きました。とくに利休のいた堺の街には多くの外国人や宣教師が居り、もしかしたら聖書の教えを学んでいたのではないかと思いました。

 近頃、「マウンティング」と言う言葉をよく耳にします、それは人を自分の価値観で劣っているとか勝っているとかを位置づけることです。それは人として大変傲慢なことだと思います。しかし、私も人に対し、知らないうちに勝手な思い込みで、判断してしまう事がよくあります。

 先ほど読んだ聖書の「聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け、旅人をもてなすよう努めなさい」という箇所を初めて読んだとき、利休の言葉を思い出しました。また、ヘブライ人への手紙132節には「旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることで、ある人たちは気づかずに天使達をもてなしました。」という箇所もありました。そのことから私は、聖書でも貴賤の区別なく、人々をもてなすことの大切さを学ぶことが出来ました。私達もお茶をたてるとき、人によって分け隔てすることなく心を込めてお点前しようと心がけております。

 私の好きな映画に宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』という作品がありますがその中に、腐れ神と呼ばれる神様がやって来ます。それは凄まじい悪臭をはなち、周りの従業員達は嫌がり皆逃げてしまいますが、千尋が心を込めてお世話をすると実は腐れ神などではなく、なのある大河の神様であり、千尋を祝福して帰って行きました。

 私達も人に対して分け隔てすることなく、接し、人をもてなす心を大切にし、日本の伝統文化である茶道を後世にも伝えていきたいと思いました。

 お祈り 天の神様今日も新しい朝を与えて下さりありがとうございます。 私達が人に対して分け隔てすることなく接する事が出来ますように。このお祈りを尊き主イエスキリストのお名前によって御前におささげします。アーメン。

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