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2020.1.22 / 学校生活 /

放送礼拝 伊藤先生

 聖 書 ルカによる福音書10章30-36節  (p.126)

冬休みが終わり、2週間経ちますね。長期休暇には各教科から課題が出ますが締め切り目指して計画を立てて頑張る人もいたり、休み初めに一気に完成してしまったり、その反対にぎりぎりになって慌てて仕上げる人もいるでしょう。

そんな時私が生徒によく話すのはミヒャエル・エンデが書いた「モモ」に出てくる道路清掃人のベッポのことです。「いちどに道路全部のことを考えてはいかん。次の一歩のことだけ、次の一呼吸のことだけ、次のひと掃きのことだけ考えるんだ。すると楽しくなってくる。これが大事なんだ。楽しければ仕事がうまくはかどる。ひょっと気が付いた時には、一歩一歩進んできた道路が前部終わっとる。」

先日もその話をしながら、そうだ今回の礼拝にはモモの話をしよう、と思いつきました。

本を読んだりミュージカルを観たりした人もいるかもしれません。この物語の副題は、“時間泥棒と盗まれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語”とあります。時間の存在を考えさせてくれる不思議な物語です。モモは円形劇場の廃墟に住んでいる小さなやせっぽちのくしゃくしゃの黒い巻き毛の大きなきれいな目をした女の子です。古ぼけただぶだぶの男物の上着を着てはだしで歩いています。そんなモモですがとても魅力的で話を聞くことが上手でたくさんの友達がいます。いわゆるカウンセラーやセラピストのような包容力のある女の子です。たとえばモモはけんかをしている大人たちのそばにいてじっと話を聞きます。すると、その人たちはけんかの原因がくだらなく感じて仲直りしてしまいます。またある時は歌わなくなってしまったカナリアのそばにいて1週間かかりましたが、また歌い出すということがありました。モモはみんなのありのままの姿を思い出させてくれるのです。

モモの親友は道路清掃のベッポと観光業をしているジジでした。平和に暮らすモモたちでしたが、ある日、時間を奪う灰色の男たちが現れます。仕事の効率をよくして時間の節約をさせ時間銀行に貯蓄するようにうながします。恋人にお花を持って行ったり、年老いたお母さんの話を聞いたり、役立たずのセキセイインコを飼ったり、寝る前にその日のことを考えたり、歌だの本だの、友だち付き合いに時間を使ったり、夢を見たりといった人間にとってとても大事な時間を無駄だと言って倹約するようにさせます。仕事が楽しいかとか愛情を持って働いているかなどということは、仕事の妨げになります、大事なことはただ一つできるだけ短時間にできるだけたくさんの仕事をすることです。子供たちはまるっきり遊ぶことができなくて、遊ぶことは時間を無駄につぶすなまけもののやることだと言われるようになり学校が終わると施設に行かされることになりました。毎日毎日どんどん早く過ぎていき人々はだんだんとふきげんで、くたびれた、怒りっぽいおちつきのない人になっていきます。親友のベッポやジジでさえ時間に追われて仕事をし心は空虚になっていきました。モモは相手の話の真実がわかり、実は男たちが人間から奪った時間で存在しているということがわかってしまい、狙われ、追いかけ回されることになります。そこにカシオペイアという30分先がわかるという亀が現れモモを時間を司るマイスターホラの元へ導きます。マイスターの庭には時間の花が咲いています。時間とは心の中に美しく咲いているものだというのです。マイスターホラは「光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのと同じに人間には時間を感じ取るために心というものがある」と教えます。

ここからはモモが時間銀行から人々の奪われた時間の花を取り戻し、実態のない灰色の男たちは滅びていくという手に汗握る展開になっていきます。

 忙しい人間の生活に対する批判とも言えますが、改めて読むと今目の前にある時間よりも心の内側の時間に目を向けることが大切なのではないかと気づかされます。いつも時間に追われ、時間の枠組みの中で生活している私達。仕事や任務を果たす時間も大切ですが、時々瞳を閉じて感じる内側の時間が、

(内省とも言いますが)大切だと言うことを教えてくれます。時間とは、生きるということそのもの。いのちは心を住みかとしていると教えています。

自分の命そのものが時間であり、私達は時間の袋ともいえます。

 3年前に106歳で亡くなった日野原重明医師の「十歳のきみへ 103歳のわたしから」の中で

「いのちとは、自分に与えられた時間のことである」いのちも時間も目には見えませんが、「その人が死ぬまでに使える時間」が「その人のいのち」だと言っています。

ともすると、大人はいのちよりもお金や仕事、財産のほうが大事だと考えてしまいます。あまりにも豊かでものがあふれている社会で生きているために考え違いをしてしまっているのです。ですから、若いうちにいのちと時間の大切さを知ってほしいと思います。そして、大人になったら自分の持っている時間を人のために使ってほしいと思います。

イエス様は、時間をどのように考えておられたのでしょうか。99匹の羊の話でもたった一匹を探すために時間と労力を使っています。良いサマリア人では怪我をした人を祭司やレビ人のように助けないで行ってしまえば時間もお金も掛かることはなかったでしょう。その他、時間の節約という視点で読むならば節約には反対のような事柄がいろいろ記されています。

何に時間を使うのか、効率ばかり考えて大事なことに目を向けないで、節約することが本当に正しいのか。本当の豊かさ、充実した時とは何かに目を向けたいものだと思います。

 

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