放送礼拝 スポーツデー係
フィリピの信徒への手紙2章14節~16節
先日、例年とは違う形でスポーツデーが行われましたが皆さんにとってどのようなものになったでしょうか。楽しかったり悔しかったり、それぞれいろいろな思いがあると思います。私は、実行委員長を努めて、本当に多くのことを学びました。
私は、幼い頃からスポーツをやっていて、勝負に執着することが多かったため、スポーツデーも絶対に勝つ、絶対に成功させるという思いで臨みました。練習の時からスポーツデー実行委員やホームルーム役員を中心に各競技の細かい作戦を立て、念入りに練習をしました。 しかし、スポーツデー当日、私たちのチームはさまざまな不具合で練習してきたことが発揮しきれませんでした。そして中心競技ともいえる全員リレーでもチームの力が発揮できず、応援している途中、涙が溢れ、いろいろな思いが込み上げてきました。夏休み明けからほぼ毎日お昼に会議、放課後に競技や演出の準備をしてきたのは何のためだったのか。本番1週間前に怪我した私が原因でみんなに迷惑をかけたかもしれ ない。チームの仲間と悔し涙を流しました。
今、その時を振り返ってみると、みんなでその悔しさを共有できたは、私たちが本当に頑張ってきたからです。「頑張った」とはただ単に頑張ったのではなく、チームが気持ちを一つにして同じ目標に向かって全力で取り組んだということです。開会式で、私は、勝ち負けは大事だけれどそれだけにこだわってはいけないと言いました。結果がついてこなかったことは残念でしたが、それ以上に大切な「チーム」というものを学ぶことができました。
どのチームも競技や応援を本気で楽しみ、短期間で団結力が高められ、テーマである「itʼs 翔咲 time!」 にぴったりなスポーツデーだったのではないかと思います。私たち高2の実行委員は、夏休みから徐々に準備を始めてきました。終礼後すぐスポーツデーの企画を進 め、終わったら水泳へ行って夜遅くに帰り勉強する時間も限られたため、全てを辞めたいと思うこともありました。また、細かいルールが多く、競技として成功するのか、安全に行うことができるのか、直前まで話し合ってルールや頂いた意見を確認しました。不安しかなかった時もみんなで協力し、助け合ってきました。これも、高2のこの実行委員だったからこそ創り上げてこられたのだと思います。
全ての競技が私たちにとって新しい試みとなりました。障害物走やロープ引き、台風の目ではディスタンスを保つなど細かくルールを定めたため、練習も大変だったと思います。それでも1人1人が全力で取り組んでいました。また、全校ダンスでは、振り付けをダンス同好会や新体操部に協力してもらいました。私は怪我で踊れなかったのですが、周りを見渡した時、生徒全員が1つとなって踊っていて、この時期、この状況にやるからこそ意味のあるものになったと思いました。3年生へのエールやシャボン玉の演出も、今年のこの時期でないとできないことです。時代に合った、スポーツデーになりました。実行委員や生徒1人1人 にそれぞれ大変な事がたくさんあったと思います。それでも、「成功させる」という1つの目標に向けて頑張ってきました。今のこのメンバーでないと最後までやり遂げることは出来なかったかもしれません。
今日の聖書の箇所は、私が1番大切にしている箇所です。時には、不平や理屈を言いたくなることが誰しもあると思います。特に、何でも制限されてしまうような今は言いたくなる事も多いと思います。そのような中でも、与えられたことを不平や理屈を言わず最後まで努めることが大切だと改めて感じました。私たちが今までやってきた取り組みに何一つ無駄なものはありません。ほとんどの行事が中止になり、困難な状況が続く中、多くの人の協力があって今年もスポーツデーを開催できたことに感謝し、今後の活動につなげていきたいです。
お祈りします。
神様、今日も新しい朝をありがとうございます。今年も無事スポーツデーを開催できたことに感謝します。 一人一人に意味のある、記憶に残るものとなりますようにお導きください。また、スポーツデーでの経験をこれからに繋げていけるようお見守りください。この祈りをイエス様のお名前を通して御前にお捧げします。
アーメン





