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2020.9.28 / 学校生活 /

放送礼拝 演劇部

エフェソの信徒への手紙 58

「あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。」

 

私は高校から英和に入学しました。英和高校に入学しようと思ったのは、中学時代の暗闇から抜け出したいという思いが強かったからです。私は中学生の時に異性からいじめに合っていました。私はサッカー部に所属しており、男子ばかりの部活では、仲間外れにされたり、クラスでは、好きなものを馬鹿にされ続けてきました。ひどい時には、私が発言している時に、あからさまに耳を塞いで聞こうとしなかったり、中指を立てられたこともありました。中学3年になって進路を選択する際、「このまま進んだら私は壊れてしまう」と限界を感じました。そんな時、卒業生である母から、英和を勧められました。小さい頃から、母を通して英和について聞いていた私は、自然と親しみを覚えていました。「ここなら、暗闇から抜け出して、新しくスタートできるかもしれない」という希望を胸に入学しました。

英和生となり、生活にも変化が訪れました。朝は礼拝で始まる生活に、最初は戸惑いましたが、「新鮮だな」とも思いました。そして、礼拝の中で様々な気づきを与えられました。その中で最も大きかったのは、自分は神様に愛されている存在だということに気づいたことです。今まで自分は、愛されていない、嫌われていると思っていました。中学時代、皆と同じように努力しても自分だけ省かれたり、嫌われたりしたので、ずっと孤独を感じていました。神様がいたとしても、自分のことは見てくれていないのではないかと思っていました。しかし、聖書を読んでいく中で、神様はすべての人を愛されていることを知りました。また、一人ひとりに賜物を与えてくださっていることを知りました。私はちゃんと神様に愛されているんだと気づきました。私は神様に愛されている、賜物を与えられているとわかった時、暗闇の心に光が差したように感じました。私はいつの間にか、自信を取り戻すことができるようになっていました。

現在、私は演劇部に所属しています。演劇をする際に私が気を付けていることは、役の心情を掴むことです。自分がその人の立場だったら、どのような気持ちだろうかということを常に意識するようにしています。その中で、私が中学時代に経験した辛い経験も、糧になっていると最近思えるようになりました。当時は、本当につらくて、悲しくて、どうして自分ばかりがこんな目に遭うのかと思っていましたが、そんな辛い経験をした私だからこそ、表現できるものがあると確信できたからです。このように思えたことも、英和に入って、神さまの愛を知ったからです。

最後にもう一度、今日の聖書の箇所を読みたいと思います。「あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。」

 

お祈りします

天の父なる神様。今日も放送を通して、皆と礼拝をできたことを感謝いたします。私たちを愛してくださり、賜物をそれぞれに与えてくださっていることを感謝します。また、新型コロナウィルスが未だ猛威を奮っております。感染して差別に遭っている方々、昼夜問わず感染者に向き合ってくださる医療従事者の方々の健康及びこれからの生活をお見守りください。

この祈りを尊き主、イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

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